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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)8430号 判決

原告 株式会社ミツオカ

右代表者代表取締役 三岡廣志

右訴訟代理人弁護士 細川律夫

同 金和夫

右訴訟復代理人弁護士 中村明夫

被告 石井敏裕

被告 馬目忠恕

右二名訴訟代理人弁護士 菅谷英夫

被告 山中勝一

右訴訟代理人弁護士 薗部伯光

主文

1. 被告石井敏裕及び被告馬目忠恕は、原告に対し、各自一七〇八万〇六四八円及びこれに対する昭和五九年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 原告の被告石井敏裕及び被告馬目忠恕に対するその余の各請求並びに被告山中勝一に対する請求を、いずれも棄却する。

3. 訴訟費用は、原告に生じた費用の三分の二と被告石井敏裕及び被告馬目忠恕に生じた費用とを被告石井敏裕及び被告馬目忠恕の負担とし、原告のその余の費用と被告山中勝一に生じた費用とを原告の負担とする。

4. この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告らは、原告に対し、各自一九〇〇万円及びこれに対する昭和五九年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告らの負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、昭和五九年六月一〇日ころ、辻嶋利一を介し、酒井桂子(以下、「桂子」という。)から、別紙物件目録記載の各土地(以下、「本件土地」という。)及び同記載の各建物(以下、「本件建物」という。)について桂子の所有名義にかかる登記簿謄本を示されて、その所有であるとする本件土地、建物に第一順位の抵当権を設定するので二五〇〇万円程を貸して欲しい旨の申込みを受け、同月一三日、桂子との間に、同土地、建物に右貸金債権の担保として極度額二八〇〇万円の第一順位の根抵当権設定契約を締結のうえ、二〇〇〇万円を貸し渡す旨の合意をし、同根抵当権設定登記手続を同人に委任した。

そして、原告は、右同月二〇日、桂子から本件土地、建物についての右根抵当権設定登記済証及び同登記の記載のある不動産登記簿謄本の提示、交付を受けて、同人に対し、返済期を同年八月一七日と定めて二〇〇〇万円を貸し渡した。

2. ところが、前記返済期が経過したにもかかわらず桂子は前記貸金を返済せず、その後同月下旬になって、酒井玄永(以下、「玄永」という。)から、原告に対し、本件土地、建物につき前記根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める訴え(以下、「別件訴訟」という。)が提起され、次の事実が判明した。

本件土地、建物は、桂子の父玄永の所有であり、同人が病気で入院中、桂子の夫である酒井光弘「以下、「光弘」という。)が、玄永に無断で同人の印章及びその印鑑登録証明書を使用すると共に、被告馬目忠恕(以下、「被告馬目」という。)及び同石井敏裕(以下、「被告石井」という。)各作成にかかる不動産登記法四四条所定の保証書(以下、「保証書」という。)等を利用して、司法書士である被告山中勝一(以下、「被告山中」という。)に対し、本件土地について桂子と玄永間の売買を原因とする登記申請を依頼し、同被告において、右申請を行ない、本件土地について別紙登記目録記載の各登記「以下、「本件登記」という。)がなされ、また、別の司法書士に対し、本件建物についての登記申請を依頼し、別紙登記目録記載の各所有権保存登記がなされるに至った(以下、本件土地、建物における別紙登記目録記載の各登記を総称して「本件不動産登記」という。)ものであり、桂子は、本件土地、建物を所有しておらず、前記根抵当権設定契約は無効なものであった。

原告は、桂子から前記貸金の返済を未だ受けていないとともに、右根抵当権設定契約が無効なため、同貸金の回収もできず、同貸金債権額分の損害を被った。

3. 原告が桂子に前記のとおり貸金をし、損害を被ったのは、被告らの次のとおりの不法行為によるものである。

(一)  被告石井及び被告馬目

右被告らは、本件登記の申請について、同登記の登記義務者本人でない光弘から保証書の作成を依頼されたところ、右登記義務者である玄永に対し光弘への同保証書作成の依頼、受領を任せたのか否かを確認することなく、保証書を各作成して、右登記を作出させた。不動産登記手続において保証書を作成する者は、当該不動産の登記義務者が本人に間違いないことを保証するものであり、登記義務者が当該登記を申請する意思を有するか否か直接同人に確認する義務を負うものというべきところ、右被告らは、その義務を怠った。

また、被告石井は、桂子に対し六五〇万円程の貸金債権を有していたところ、この債権の回収を図るために、光弘、桂子と共謀して、自らは保証書を作成して玄永から桂子への虚偽の本件登記を作出させ、桂子が原告から前記融資を受ける交渉の過程にも行動を共にし、原告に対し、本件土地、建物の担保価値を強調するなどして、根抵当権設定契約を締結させ、桂子に対する右貸付をなさしめたものであり、同貸金から、自己の桂子に対する前記貸金の返済を受けているものである。

(二)  被告山中

(1) 右被告は、昭和五九年二月当時いわき市植田本町二丁目四番地において司法書士をしていたものであるが、光弘から本件登記申請の依頼を受け、登記義務者玄永及び登記権利者桂子名義の登記申請委任状に基づき、被告石井及び同馬目作成の各保証書等を添えて、玄永と桂子間の売買を原因とする本件登記申請をし、同登記がなされた。そして、被告山中は、本件登記申請をする以前の昭和五八年一〇月三一日、本件土地について、光弘の依頼により、原因金銭消費貸借、抵当権者被告石井、債務者桂子、債権額九〇〇万円、設定者玄永とする抵当権設定登記申請を、玄永に対しその意思を確認することなく、被告馬目外一名作成の保証書により行なっていた。また、同被告は、本件登記申請の依頼者光弘と登記義務者玄永とが別人であり、玄永と桂子が親子であり、被告石井が金融業者であることを知りながら、玄永に対し登記申請意思の確認をすることなく本件登記申請をした。

(2) 司法書士は、他人の委託を受けて登記に関する手続についての代理及び関係書類の作成等を行なうことを業とするものであり、真正な登記の実現が不動産登記制度の根幹をなすものであることから、虚偽の登記を防止し、真正な登記の実現に協力すべき地位にあるものというべきである。そこで、その依頼を受けた登記申請が、登記義務者の意思に基づくものかどうかを疑うべき相当な事情がある場合には、司法書士は、登記義務者にその意思の確認をすべき業務上の注意義務を負うものというべきである。

すると、被告山中において、本件登記申請を行なった状況は、請求原因2及び同3の(二)(1)のとおりであり、これによれば、同被告による本件土地についての抵当権設定登記申請のなされた三か月余り後に、同登記が抹消もされないまま、さらに同一関係者による売買を原因とする保証書による本件登記申請の依頼であることから、また、同3(二)(1)のとおりの本件登記の関係者の身分関係、職業についての同被告の認識と併せればなおさらのこと、同被告において登記義務者の真意か否かを疑うのが明白な状況にあったものである。

しかも、光弘は、本件建物の保存登記及び原告に対する前記根抵当権設定登記手続を、被告山中ではなく、別の司法書士に依頼しており、光弘らにおいても、本件登記申請が玄永の意思に基づかないものであることを疑われることを認識していたものである。

そこで、被告山中は、右業務上の注意義務を怠ったものというべきである。

(三)  原告は、光弘及び桂子により提示された虚偽の本件不動産登記を信用し、これにより桂子に対する前記貸付をしたものであり、右虚偽の本件不動産登記ないし本件登記は、被告らの右注意義務懈怠(被告石井については、故意による虚偽登記作出も含む。)により作出されたものであり、原告の右貸付を導いたものであるから、被告らは、原告が同貸付金を回収できずに被った損害を賠償する義務がある。

4. 原告の損害

原告は、桂子に対し、請求原因1のとおりの約定で二〇〇〇万円を貸し渡し、請求原因2のとおりの事情からその貸金債権の回収ができず、同貸金債権額分の損害を被った。被告らに対する右損害賠償の請求には困難を来し、原告は、同請求のための訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人各弁護士に委任し、着手金として一〇〇万円を支払い、勝訴判決を受けたときは報酬として一五〇万円を支払うことを約した。

原告は、昭和六三年一〇月二〇日、別件訴訟において、原告が解決金三五〇万円の支払いを受けるのと引換えに前記根抵当権設定登記を抹消する旨の裁判上の和解をし、三五〇万円の支払いを受けた。

そこで、右貸金元本二〇〇〇万円と右弁護士費用二五〇万円との合計二二五〇万円から右三五〇万円を控除した一九〇〇万円及びこれに対する右貸金の返済期日の翌日である昭和五九年八月一八日から支払済みまで少なくとも年五分の割合による遅延損害金についての損害を被った。

5. よって、原告は、右不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告らに対し、各自一九〇〇万円及びこれに対する右貸金の返済期日の翌日である昭和五九年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

(被告石井及び同馬目)

1. 請求原因1は不知。

2. 同2のうち、右両被告が各作成した保証書を利用して、光弘が司法書士である被告山中に対し、本件土地についての登記申請を依頼し、本件登記がなされたことを認め、その余は不知。

3.(一) 同3(一)のうち、本件登記の申請について、同登記の登記義務者本人でない光弘から保証書の作成を依頼されたこと、光弘への同保証書作成の依頼、受領を任せたのか否かを玄永本人に直接確認していないことは認め、右被告らにおいて、当該不動産の登記義務者に対し当該登記を申請する意思を有するか否か直接同人に確認すべき義務があり、また、この義務を怠ったものであることについてはいずれも争う。

被告石井においては、桂子に対し六五〇万円程の貸金債権を有していたこと、昭和五九年六月二〇日原告会社事務所に集ったこと、桂子の原告からの借受金により自己の右貸金債権の返済を受けたことを認め、その余を否認する。

(二) 右両被告らは、玄永の子である桂子とその夫光弘から、本件土地、建物を担保にして事業資金の融資を受ける必要があり、このため同土地、建物の所有権について桂子に移転登記することを玄永において承諾しており、同人は高齢でアルコール依存症であり、入院中であるため所有権移転登記済証の所存がわからないとして、保証書の作成を依頼され、桂子において迷惑をかけないとしてその旨の各誓約書の交付を受けて、これを信用して、しかも無償で本件各保証書の作成に至ったものである。このような事情のもとで、しかも登記申請をした司法書士ですら玄永本人に対する意思の確認をしていないことから、右両被告において、本件登記申請が玄永の意思によるものであることは間違いないと判断したことに過失はなく、当該不動産の登記義務者が本人に間違いないことの確認方法は尽くしており、右各保証書作成における注意義務の懈怠はない。

(三) 同3(三)を争う。

右両被告らの保証書作成は、玄永から桂子への本件登記についてなされたものであり、原告の根抵当権設定登記についてなされたものではないのであるから、同被告らは、玄永に対してはともかく、原告に対しては責任を負わない。また、原告が桂子への貸付により損害を被ったとして、それは、原告において桂子名義の本件不動産登記が真正なものであるか否か調査確認をすべきところ、これを怠ったことにより生じたものであり、右損害の発生については、同被告らの所為、関与に関わるものではない。

4. 請求原因4は不知。

5. 同5は争う。

(被告山中)

1. 請求原因1は不知。

2.(一) 同2及び同3(二)(1)のうち、右被告が昭和五九年二月当時いわき市植田本町二丁目四番地において司法書士をしていたものであること、光弘から本件登記申請の依頼を受け、玄永及び桂子名義の登記申請委任状に基づき、被告石井及び同馬目作成の各保証書等を添えて、本件登記申請をし、同登記がなされたこと、本件登記申請をする以前の昭和五八年一〇月三一日、本件土地について、光弘の依頼により、原因金銭消費貸借、抵当権者被告石井、債務者桂子、債権額九〇〇万円、設定者玄永とする抵当権設定登記申請を、玄永に対しその意思を確認することなく、被告馬目外一名作成の各保証書により行なっていたことを認め、本件登記申請当時、同登記申請の依頼者光弘と登記義務者玄永とが別人であり、玄永と桂子が親子であり、被告石井が金融業者であることを知っていたことを否認し、その余は不知。

(二) 請求原因3(二)(2)のうち、司法書士において、その依頼を受けた登記申請が登記義務者の意思に基づくものかどうかを疑うべき相当な事情がある場合に、登記義務者にその意思の確認をすべき注意義務を負うものであることは争わず、その余は争う。

同被告においては、以前に登記申請の依頼を受けたことのある知人山野辺悦弘から、本件登記申請の依頼者光弘を「酒井という者」として紹介され、酒井と名乗る同人が同被告の事務所を訪れ譲渡証書や保証書の作成方法を尋ねて必要な書類を持帰り、後に、同人が譲渡証書、登記申請委任状、印鑑登録証明書、登記済証に代る保証書等の書類を持参して本件登記申請を依頼し、それら書類はいずれも形式上真正を疑う余地がなかったことから、同被告において本件登記申請を受任代理し、しかも、右保証書は、同被告の知人である被告石井及び同馬目の作成とその印鑑登録証明書が添付されていたものである。すると、登記申請に要する書類について不備はなく、制度上登記済証に代るものとして提出が定められている保証書が真正に成立したことを疑う余地がなく、同被告の知人の各作成にかかる事情において、登記申請を代理する司法書士において、登記義務者本人への意思確認までする義務はない。

そして、依頼者光弘と登記義務者玄永が、別人であることを本件登記申請時に同被告において認識していたとして、司法書士への代理人または使者による依頼の多い状況において、依頼出頭者に対するさらなる調査確認に加えて、登記義務者本人までの意思確認をする義務はない。ましてや、本件においては、光弘及び桂子の虚偽の登記作出への積極的関与がうかがわれる状況からして、同被告による光弘への調査確認を重ねたとして、同様の結果に終ったものというべきである。

(三) 同3(三)を争う。(被告石井及び同馬目)の請求原因に対する認否3(三)に主張のとおりである。

3. 請求原因4は不知。

仮に被告山中が原告に対し何らかの責任を負ったとしても、本件登記が作出されたのは、光弘、桂子、被告石井、同馬目の行為によるところが大きく、同被告の責任は僅少である。また、原告の損害は、右請求原因に対する認否3(三)のとおりの原告の調査確認が不充分であったことにより生じたもので、右調査確認のうえでの原告の不注意に拠るところが大きい。

4. 同5は争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、光弘において、玄永の所有登記名義にかかる本件土地について、被告石井及び同馬目作成の各保証書を添付のうえ、司法書士である被告山中に対し、本件登記申請を依頼し、同被告は、本件登記申請をして、本件登記がなされると共に、本件不動産登記がなされるに至ったことは、各当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因1のとおりの経緯で、原告が桂子に金銭を貸し渡したこと、請求原因2のとおりの事実を、認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

二、そこで、被告らの不法行為の成否を検討する。

1. 〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  光弘は、玄永の子桂子と昭和四八年ころ婚姻したものであるが、飲食店開店等のための資金とするため、昭和五八年一〇月ころ、貸金業をしていた被告石井から、右資金を借入れることとし、桂子を借主、同被告を貸主、貸金額六〇〇万円程の消費貸借契約を締結した。そして、玄永所有の本件土地について、当時同人(明治四〇年五月生れ。)はアルコール依存症等で入院中であったことなどから、光弘において、玄永に無断で同人の印章等を用いて、同被告の右貸金債権を担保するため債権額九〇〇万円とする抵当権設定契約証書等を作成するなどし、その旨の登記がなされた。

この登記申請をするについて、光弘において、登記済証を入手できなかったため、同人の知人である被告馬目外一名に保証書の作成を依頼し、被告山中に登記申請を依頼して、昭和五八年一〇月三一日に同登記申請がなされた。被告馬目は、右保証書を作成するについて、玄永にその旨の意思を確認することはしなかった。

(二)  被告石井の桂子に対する右貸金については、一〇〇万円程が返済されたのみで、その余の返済は滞っていたところ、光弘は、その事業等の関係で借財が嵩み、それらの清算を図るべく、更に金銭を借入れることとし、そのため本件土地、建物を担保に供し、その旨の登記を設定する必要があったところ、前記のとおり、同土地の登記済証が入手できないため、被告石井及び同馬目作成の各保証書をもって登記済証に代えることとした。そして、光弘は、被告山中の事務所に赴き、同被告から所有権移転登記申請用の委任状、売渡証書、保証書の各用紙を受取って帰った。光弘は、被告石井及び同馬目に保証書の作成を依頼し、同被告らは、いずれも光弘に同保証書作成の依頼、受領を任せたのか否か玄永に直接確認せず、保証書を作成した(当事者間に争いがない。)。そして、この作成について、被告馬目に対し、桂子において責任をとり迷惑をかけない旨記載した桂子作成名義の誓約書が作成交付され、公証人による昭和五九年二月一〇日付け認証がなされた。その後、光弘は、被告石井及び同馬目作成にかかる各保証書、右各用紙の作成名義人欄が記入された書類、玄永の印章、その印鑑登録証明書、住民票、資産証明書を、被告山中のもとに持参し、同被告は、それらの添付書面により、右委任状等の形式的真正を確認して、本件登記申請を行なった。そして、同申請をするまでに、同被告において、右申請依頼に司法書士事務所に訪れた光弘が登記義務者玄永本人でないことに気付いていたが、右提出用書類の審査以上のことはしなかった。光弘は、融資の際の担保設定と、担保設定登記の容易さから、本件土地について、桂子名義への所有権移転登記を経たものであるが、本件土地上の本件建物について未登記であり、あわせて桂子の所有名義としておくことが融資を受けるのに都合が良いと考え、同建物の保存登記申請を被告山中に依頼したが、同被告は、光弘らについてその後知り得た事情も併せ、その依頼を断った。

(三)  光弘は、その後、右保存登記申請を他の司法書士に依頼し、本件土地、建物について、本件不動産登記を経由させ、その知人を介し、同登記にかかる本件土地、建物を担保に金員借入方を依頼し、請求原因1のとおりの経緯で、原告にその借入方の話が伝わり、原告は、本件土地、建物の担保価値を信用して、同土地、建物の所有名義人桂子への貸付を決めた。原告は、右貸付を決めるに当たり、被告石井を権利者とする抵当権設定登記を抹消し、原告のために第一順位の根抵当権を設定する旨の申し入れを受けており、原告代表者は、昭和五九年六月一三日、本件土地、建物の現況調査に赴き、桂子、光弘らと会い、桂子から右土地、建物が同人の所有である旨の確認を取ると共に、右土地、建物の所在地に臨んだ。そして、原告代表者らは、いわき市内において、不動産業者から右土地建物の価格を調査のうえ、三〇〇〇万円程度と評価し、借入申込額を担保する価値のあることを確認し、桂子、光弘、被告石井の妻が会合して、同被告の抵当権設定登記抹消の条件等を話合い、原告と桂子間の根抵当権設定契約を締結し、この登記がなされてから二〇〇〇万円を貸し渡すこととした。右根抵当権設定登記完了後の昭和五九年六月二〇日、桂子、光弘、被告石井らは、同登記のなされた登記簿謄本及び登記済証を持参して原告事務所に赴き、桂子と原告間に、貸金二〇〇〇万円、利息年一割五分、遅延損害金年三割、返済期日昭和五九年八月一七日の消費貸借契約を締結すると共に、この貸金債務について光弘と原告間の連帯保証契約を締結し、その旨の公正証書を作成してもらったうえで、貸金の交付がなされた。そして、原告から桂子への右交付額は、月三分五厘の利率による二か月分の利息一四〇万円を貸金二〇〇〇万円から差引いた一八六〇万円であり、被告石井は、このうちから同人の貸金債権相当額の返済を受けた。桂子は、昭和五九年九月一九日、二〇日に、右同様の利率による利息一か月分七〇万円を支払ったのみでその余の返済はしなかった。

(四)  その後、請求原因2のとおりの別件訴訟が提起され、原告は、請求原因4に記載のとおりの裁判上の和解をし、三五〇万円の支払いを受けた。

2. 被告石井及び同馬目の不法行為について。

不動産登記法四四条所定の保証書を作成する者は、同条の趣旨に鑑みると、当該登記申請が使者または代理人によりなされる場合には、その使者または代理人が登記義務者の使者または代理人であるかを善良な管理者の注意をもって確認する義務があると解するべきであり、右注意義務を怠り、その使者または代理人が登記義務者の使者または代理人であることを誤り、第三者に損害を与えた場合には、右損害を賠償する義務を負うものである。

これによると、同被告らは、右認定のとおり、本件登記申請の依頼をしたのが光弘であることを認識しながら、同申請について光弘が玄永の使者または代理人であることを登記義務者玄永に対し直接確認しておらず、また、同被告らが、「請求原因に対する認否」3(二)のとおり、右玄永の子桂子より諸々の事情の説明を受けると共にその必要から保証書作成を依頼され、同人が責任をとる旨の各誓約書の交付を受け、無償で各保証書を作成したものであったとしても、右確認の注意義務を尽くしたとはいえず、同義務を軽減するものでもなく、同注意義務に違背したものというべきである。

そして、右認定の事実によれば、同被告らの作成した各保証書が必須の要件となり虚偽の本件登記が作出され、原告において、同登記を信じ、本件土地の担保価値に着目して、前記根抵当権設定登記を経て桂子に対し前記貸付をしたものであり、不動産登記に公信力はないものの、同登記の表示は取引一般において重要な資料として取り扱われていることに照し、原告が本件登記とそれに基づく右根抵当権設定登記を信用して行なった右貸金につき回収困難となった分について、右被告らの保証書作成による本件登記作出と相当因果関係ある損害というべきである。なお、右被告らは、本件土地についての本件登記に要する各保証書を作成したものであり、本件建物についての保存登記作出に関与をしているものではないが、本件土地、建物中において本件土地の占める担保価値は大きく、本件土地、建物の本件不動産登記を信用しての原告の損害について不可分の責任を負うものというべきである。

すると、被告石井の行為態様についてさらに検討するまでもなく、右被告らは、原告に対し、各自不法行為による損害賠償義務を負うものである。

3. 被告山中の不法行為について。

司法書士は、その登記申請業務において、請求原因3(二)(2)のとおりの登記義務者の意思に基づくものかどうかを疑うべき特別な事情がある場合には、単に関係書類について形式的な審査をするにとどまらず、右登記義務者本人に登記申請意思を確認するなどして、登記申請を過誤なからしめるよう注意すべき義務があるというべきである。

これを本件について見ると、右認定にかかる事実によれば、被告山中は、本件登記のなされる三か月前にも、本件土地について、光弘を登記申請依頼者とし、被告石井を抵当権者、設定者玄永(明治四〇年五月生れ)、債務者桂子とする抵当権設定登記を、被告馬目ら作成の各保証書により登記申請しており、その後、同じ光弘の登記申請依頼により、玄永と桂子の間の売買を原因とする譲渡証書、被告石井と同馬目作成にかかる各保証書等により本件登記申請をし、同依頼者が玄永本人でないことを確認していたものであり、この二度にわたる登記申請における関係者の表示からして、老齢な(酒井)玄永所有の本件土地について、その親族とうかがわれる女性(酒井)桂子が債務者となる抵当債権額九〇〇万円の抵当権設定登記であり、その後、当時において本件建物を含めれば全部で価格三〇〇〇万円程とみられる本件土地について、同一関係者である老人玄永(売主)と女性桂子(買主)間の売買を原因とする本件登記であることから、それら登記原因自体について、取引実態が伴うものかどうか疑いを挿む余地があり、それら関係者の表示と度重なる保証書の使用と同一関係者の関与という態様を併せ見ると、親族間における老人を排除しての無断の取引と疑われる余地もあるものである。

しかるところ、右認定の事実及び弁論の全趣旨により認められる事実によれば、被告山中は、これまで何度か登記申請の依頼を受けた建設会社を経営する山野辺の紹介により、光弘から本件登記申請の依頼を受けることになったこと、各保証書作成者は、被告山中の知人である被告石井及び右山野辺の知人である被告馬目であること、右山野辺、被告石井及び同馬目について、被告山中自身において、格別悪い風評を聞いたり、その信用性を疑うべき生活状態、事実を認識していたとは認められないこと、被告山中において、玄永と桂子、光弘が親子の関係にあり、その関係に信頼性を欠くような事情のあることを知っていたとは認められないこと、本件登記申請に要した関係書類が被告山中に対し作成、提出される過程において、格別不自然な様子があったとはいえないこと、登記申請の依頼において、登記義務者の使者及び代理人による依頼は、希有な事例であるとはいえないことなどの事情も存するものである。

右各事情を総合すると、本件登記申請には、その登記関係者の表示及び同関係者の外形的な態様行動から、登記義務者の意思の有無について疑いを挿む推論をすることが可能であるが、それ以上に、それを個別具体的に疑わしいものとする事情があるものとはいえず、かかる状況においては、書面の形式的審査を超えて登記義務者の意思の確認を敢えて尽くすべきことが必要となる前記特別の事情があるものとまではいうことはできず、他に右特別の事情を認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告山中において、本件登記申請をするについて、司法書士においてなすべき注意義務を怠ったということはできず、原告に対する不法行為は成立しない。

三、右不法行為による損害賠償額について。

1. 前記二1の(三)に認定のとおり、原告は、昭和五九年六月二〇日、桂子に対し、月三分五厘の割合による二か月分の利息一四〇万円を貸金二〇〇〇万円(遅延損害金の約定利率年三割)から天引きした残額一八六〇万円を交付し、同年九月一九、二〇日に右同率の利息一か月分(七〇万円)の支払いを受けているものである。これによると、桂子において返済期日同年八月一七日に返済すべき金額は、利息制限法二条により貸金残元本一九〇四万九七五四円となり、同年九月二〇日までの約定利率年三割の割合による遅延損害金は五三万〇八九四円となり、前記支払のあった七〇万円をこの損害金に充当した残金を右残元本に充当すると、右同日当時において桂子の貸金債務残元本は一八八八万〇六四八円となる。そして、右二1(三)に認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、右貸金債権について、債務者桂子及び連帯保証人光弘に対し、その行使回収をすることができず、同債権額分の損害を被ったものである。

そして、原告が右のとおりの損害を被るについて、前記二1(三)に認定の原告の貸付に際しての担保物たる本件土地に対する調査確認の状況、共同不法行為となる被告石井及び同馬目の関与の状況からして、原告に右貸付について過失があったということはできない。

2. 弁論の全趣旨によれば、原告は、請求原因4のとおり、本件訴訟の提起及び追行を原告代理人弁護士らに委任し、着手金を支払うと共に報酬支払いを約したこと、本件において、右被告らの不法行為による損害賠償の請求について訴訟の提起はやむをえず、それに要する右費用は右不法行為と因果関係のある損害であることを認めることができる。そして、右費用は、本件事案の内容、本件訴訟の経緯、右認容額等本件訴訟に現われた一切の事情を勘案して、原告において貸金の回収が不能になったといえる昭和五九年九月二〇日当時において、その価額を一七〇万円と認めるのが相当である。

3. すると、原告の被告石井及び同馬目に対する損害賠償債権額は、右によると、右貸金残元本一八八八万〇六四八円と弁護士費用一七〇万円並びにこの合計二〇五八万〇六四八円に対する右昭和五九年九月二〇日の翌日である同月二一日から右支払済みまで民法所定年五分の遅延損害金もしくはこれと同額の限度での右貸金債権の遅延損害金相当額となる。そして、原告は、別件訴訟において受領した和解金三五〇万円を請求原因4、5のとおり損害賠償請求額から控除しているので、その趣旨に則り、右合計額二〇五八万〇六四八円から右三五〇万円を控除することとし、この残額一七〇八万〇六四八円及びこれに対する同月二一日から右支払済みまで年五分の割合による損害金を、本件不法行為による損害賠償として右両被告に対し請求できるものというべきである。

四、以上の次第により、原告の被告石井及び同馬目に対する請求は、右三3の限度で理由があるから、その限度で認容し、その余は理由がないので棄却し、被告山中に対する請求は、理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言については同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小原春夫)

〈以下省略〉

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